津山小3女児殺害事件

2000年代
2004年09月03日金曜日 2018年05月30日犯人逮捕

津山小3女児殺害事件(つやま しょうさんじょじさつがいじけん)とは、2004年9月3日に岡山県津山市で発生した殺人事件。
事件後14年間の長期に亘り未解決であった。


津山小3女児殺害事件
場所
日本 岡山県津山市
日付
2004年9月3日
死亡者
小学3年生の女児
容疑
39歳の受刑者の男
対処
2018年5月30日に容疑者逮捕
事件概要
2004年9月3日、下校してきた被害者の姉が、小学3年生だった妹の遺体を発見。警察の捜査により、犯行時間は帰宅直後の15時15分から約20分と見られている。
しかし、第一目撃者の証言などから、犯行時間については不明な点がある。
なお、自宅の鍵や窓は壊されていなかった。
遺体の傷は、すべて正面からの刺し傷で、抵抗の跡はなかった。
手や腕、背後に傷はなかった。
刺し傷は深いもので数センチあり、内臓に達しているものもあった。
2004年9月4日の司法解剖で死因が「窒息・失血」の疑いであると判明。告別式は同月7日に営まれた。
捜査状況
2005年9月までの時点で、岡山県警は約13500人の捜査員を投入している。
2008年3月19日、津山市立北小学校で卒業式が挙行され、被害者本人にも卒業証書が授与された。
岡山県警と津山警察署はフリーダイヤルを設置し、電話での情報提供を呼びかけている。
また、配布されたポスター・チラシは県内はじめ、多くの駅やショッピングセンターなどに貼られている。
2007年4月より導入された公的懸賞金(最高1000万円)の対象とはなっていない(ただし岡山県公式サイトの「マルチメディア目安箱」に早期指定を求める投稿が2008年2月分と2010年2月分に掲載されている)。
事件当日の経過
13時45分頃
母親がパートの仕事に向かう。
13時55分
母親が職場に到着し、タイムカードを押す。
宅配業者が女児宅にメール便を届けている。ドアが開いていたため、玄関内へ置いている。
14時00分
訪問販売員が、女児宅の玄関のドアを開け、中に声をかけている。
14時40分頃
小学校の「帰りの会」が終わる。「この時間に友達と二人で下校した」という報道もあった。
14時47分頃
自宅まで700mの所で、「元気のない様子で歩いている」女児が目撃されている。
14時50分頃
「友人と下校した」とされている。しかし、14時47分に女児が目撃されている。また、この時間から推測すると帰宅は15時頃となる。
14時50 – 55分
美容室の前を通過(自宅との距離は500m)。
15時5分頃
「自宅まで200mの所を1人で歩いている」姿を、近所の女性が目撃。女性宅の犬を見て、通り過ぎている。
15時15分 – 20分頃
帰宅時間とされていたが、目撃証言から考えると、もっと早いと思われる。
15時35分頃
姉が帰宅し、女児の遺体を発見。母親に電話をする。
15時47分頃
母親が119番通報をする。
15時53分頃
救急隊が女児宅に到着。病院へ搬送され、死亡が確認された。
鍵、室内と被害者の様子
鍵、施錠、侵入の形跡など
玄関のドアは、13時55分の時点で開いていた。
家族が共有する合鍵は、「外出時は玄関横の牛乳瓶受けに入れ、帰宅に使用したら玄関入り口に置く」と決められていた。
事件発覚時には玄関入り口にあった。
女児が持っていた鍵は、室内にあった。
姉が帰宅した時、ドアは閉まっていたが、鍵は開いていた。
玄関以外は、全て施錠されていた。
女児は、帰ってくると部屋が暑いので、最初にガラス戸をあけ網戸にする習慣だった。
姉が帰ってきた時、ガラス戸は閉まっていた。
室内が物色された形跡はなかった。
「部屋の入口付近の、棚の上」に置いてあった飴の缶が落ちて飴が散乱していた。
女児の体の上にも、飴が散らばっていた。
傷、血痕、着衣など
死因は、失血死か窒息死と考えられているが、判明していない。
首を絞めたり、口や鼻を押さえたりした跡はなく、窒息の原因は不明。
腹部、胸部を3カ所ナイフのようなもので刺されている。
発見時、女児の顔は真っ白だった。
1階の8畳間に倒れていた。
この部屋は、玄関から部屋1つを挟んだ位置にある。
1階の居間には多量の血が流れた跡があり、他の部屋には血痕はなかった。
「白いブラウスと、紺色の短パン」の、小学校の制服姿で倒れていた。
衣服に乱れはなかった。
女児の体の下には、13時55分に配達されたメール便があった。
発見時は、うつぶせで倒れていた。
抵抗した痕跡はなかった。
切り傷や骨折はなかった。抵抗するか、逃げたりした場合は手や背中に負傷することが多いが、そこにも傷はなかった。
室内には、女児が逃げようとした形跡はなかった。
凶器
女児宅の刃物が使用されていない為、犯人が鋭利な小型の刃物を持ちこんで使用したと見られている。
容疑者の供述により兵庫県播磨町の海中を岡山県警が3日間にわたり30人体制で幅約100メートル、沖合い約15メートルまで捜索したが凶器の発見には至らず、捜査を打ち切った。
不審者
詳細
「肩からポシェットをかけた、若い男の似顔絵」を持って、聞き込み捜査をしているという報道があった。
「ボサボサ髪の若い男」が女児宅から南西に約100m離れた高架下におり、「近くにいた女児に向かって、薄笑いしていた」との情報があった。
「女児が被害者だった可能性もある」とみて捜査している、という報道もあった。
この男は、事件直前に通学路途中で目撃されている。
事件前の不審な出来事
2004年3月 – 女児宅の車庫で、自動車のタイヤホイールのボルトが、4本とも何者かによって緩められていた。同じ時期に、もう1台ある自動車のワイパーも、もぎ取られていた。
容疑者の逮捕と前科
2018年5月29日、別の事件で服役している39歳の受刑者の男が殺害を認めた為、警察は30日に男を殺人の疑いで逮捕した。
容疑者は、1998年前後から複数の少女らに対して暴行や傷害事件を起こしていた。
2000年には女児6人の腹部殴打、下腹部を触るなどの暴行や強制わいせつの罪で執行猶予付きの有罪判決を受けており、2009年には兵庫県姫路市・三木市、太子町で小学1年~高校3年(全て当時)の少女5人の腹部をすれ違いざまに殴ったり、ドライバーで突いたりした罪で神戸地裁姫路支部によって懲役4年の判決を受けていた。
出所した後の2015年5月に、姫路市の路上でナイフで面識のない帰宅途中の中学3年の女子の胸や腹を刺した殺人未遂容疑で兵庫県警に逮捕された。
2016年5月に神戸地裁姫路支部は懲役12年(求刑15年)の判決を下したが、大阪高裁で懲役10年の短縮した判決を受けて服役していた。
容疑者は未成年の女児の腹部からの出血に異常な執着を持っていたことが判明している。
男はこの女児の首を絞めつけ、刃物で胸を複数回突き刺して殺害したことについて「偶然見かけて、かわいいと思った」と供述した。
更に読売新聞は「これまでにトータル100回以上繰り返した」との容疑者の供述と女児殺傷事件が岡山県から兵庫県に渡っていることから犯人の犯行の可能性を指摘した。
その他
事件現場周辺は人通りは少ない。しかし、中国自動車道の側道で抜け道となっている道路沿いで、車の通行量は多い。
部屋の中央にはテーブルが置いてあり、女児は、そのテーブルの脇で倒れていた。
14時47分に目撃された時、「子供らしい明るさの表情」ではなく、「うつむきかげんで無表情」だった。
14時50分 – 55分に目撃された時、いつもは「店の窓を叩いて、美容師や犬に挨拶をする」のに、「一瞬覗いただけで帰って」行った。
隣の住人は、人の出入りや物音に気付かなかった。
現場近くでは、空き巣被害が出るなどしている時期で、回覧板などで注意が呼びかけられていた。
岡山県内では、2000年から2004年までの間に2件の児童行方不明が起きている。

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