熊谷市本石地内小学生死亡ひき逃げ事故

2000年代
2009年09月30日水曜日

平成21年9月30日水曜日午後6時50分頃、熊谷市本石1丁目地内において、自動車と小学4年生の男の子が乗った自転車が関係する死亡ひき逃げ事故が発生しました。
被疑者検挙に結びつく有力な情報提供者に対して300万円を上限として謝礼金が支払われます。


発生日時
2009年(平成21年)9月30日(水)午後6時50分ころ
発生場所
熊谷市本石1丁目地内
まだ、犯人捕まらない熊谷市のひき逃げ
埼玉県熊谷市の市道で9月30日夕、自転車で書道教室から帰宅途中の同市立石原小学校4年生の小関孝徳君(10)がひき逃げされ死亡した事件で、現場の市道は車がスピードを出して通り抜ける「危険な通り」だったことが1日、付近住民の話で分かった。
熊谷署はチラシを配るなどし、目撃者捜しに全力を挙げている。
一方、石原小では1日午前、全校集会を開き、黙祷(もくとう)をして小関君の冥福を祈った。
石原小によると、小関君はサッカー少年団に所属。授業は体育が好きで、クラスの仕事をこなすまじめな少年だったという。
同校の清水登教頭は「自分の得意なことも分かってきて、今が一番楽しい時だったのでは」と声をつまらせた。
近所の人の話では、小関君は母親(41)と2人暮らし。近所の主婦(80)は「あいさつをきちんとしてくれる子だった。お母さんは『塾が職場の近くだから一緒に帰ってこれる』と話していたけど、昨日は違ったのか」と肩を落とした。
小関君がはねられた現場は、道幅7・6メートルの住宅街の市道。
日中は車通りは少ないが、夕方は国道17号への抜け道として、交通量が増えていたという。
現場近くで接骨院を経営する男性(42)は「みんな60キロ以上で飛ばしている。夜は真っ暗なので通るのは怖い」と語る。近所の40代主婦も「みんなスピードを出しているので、制限速度が30キロと思わなかった。夕方は特に車が多く通っている」と話した。
第一発見者で119番通報をした近くの大学生、矢崎功也さん(21)は「『キーッ』という音がして外を見たら男の子が倒れていた」と、事故当時を振り返り青ざめた。
熊谷署によると、小関君の遺体は損傷があまりに激しかったため、母親ではなく、担任の女性教諭と清水教頭らが身元を確認した。
清水教頭は「信じられない気持ちだった。犯人は許せない」と唇をふるわせた。
熊谷・小4ひき逃げ死から5年 見つからぬ犯人、風化に不安感じる母
熊谷市本石の市道で2009年9月、市立石原小4年の小関孝徳君=当時(10)=が車にひかれて死亡したひき逃げ事故は、30日で5年が経過する。
いまだに捕まらぬ犯人。
小関君の母親は悲しみが癒えぬ中、事件が風化していくことに不安を感じている。
「もう5年ですか。早いですね」。最愛の息子を亡くしてから過ごした日々。孝徳君の母代里子さん(46)はそう感じている。
孝徳君は幼い頃に父親が病死し、母親と2人暮らし。
母親が重い荷物を持っていると、「僕が持ってあげるよ」。
母親が仕事から帰宅すると「足の裏踏んであげる」。
そんな優しい子だった。
母と子の合言葉は「2人しかいない」。
お互い手を取り、励まし合いながら、生きてきた。
突然のひき逃げ事故。
「何かをやらなきゃ」。
代里子さんは悲しみに暮れる中、必死に犯人を追い続けた。
逃走車両につながる情報を得ようと、事故現場を通る車のナンバーをチェック。
情報提供を呼び掛けるチラシを作成し、配ったりもした。
それでも捕まらぬ犯人。
最近は事故現場に立つことも少なくなり、一日中何をしていても、孝徳君のことを思い出してしまう。
事故後よりも、「今の方がつらい…」。
同級生の母親たちの集まりに参加することも減った。
孝徳君の同級生たちは現在、中学3年生。
話題は子どもの成長や進路のことが多い。
「私にはもう子どもがいないから」。
自然と会話から避けようとしてしまう。
悲しいことばかりではなかった。
事故後、ひき逃げ犯を捕まえるため「警察官になる」と話していた孝徳君の友人。
それから数年がたち、そのことを確認すると、変わらぬ答えが返ってきた。
孝徳君への思いは今も持ち続けている。
事故現場には今も誰かが花を供え、手を合わせてくれる人もいる。
代里子さんにとって、事故現場に花を供えることは「まだ犯人が見つかっていない」というサイン。
「本当にありがとうございます。感謝しております」。
代里子さんは事故現場に、感謝のメッセージを残した。
だが不安は尽きない。
「あの時なにがあったのか、なぜ逃げたのか犯人から聞かせてほしい」。
その思いに変わりはないが、「このまま捕まらないのではないか」と考えることも。
周囲に理解されず、心ない言葉に精神的に傷つくなど、事件の風化やむなしさを感じるときもある。
事故翌年に法改正され、孝徳君の事故は時効が5年から10年に延びた。
それがなければ、時効はきょう30日。
「私は犯人を捕まえたくてもできない。警察には必ず捕まえるという意思を持ち続けてほしい」と願う。
孝徳君は母親と「愚痴を言ったら辞める」と約束して、地元のサッカーチームに入団。
約束は最後まで守り続けた。
だからこそ、「最後まで犯人を追い掛けることを諦めたくない」。
孝徳君の意志の強さを受け継ぎ、最後まで犯人を追い続ける。
謝礼金
この事故を目撃された方、若しくは心当たりのある方は、どんなことでも結構ですので熊谷警察署まで御連絡をお願いします。
被疑者検挙に結びつく有力な情報提供者に対して「小関孝徳くん被害の死亡ひき逃げ事件の捜査に協力する会」から300万円を上限として謝礼金が支払われます。
ただし、謝礼金支払いには
情報を入手する過程において、犯罪行為その他公序良俗に反する行為を行ったと認められるとき
その者が公序良俗に反する組織、団体等の構成員であること
情報提供に際し、匿名又は偽名等を用いたため、情報提供者を特定できないとき
情報提供者が警察職員及びその家族であるとき
等支払いができない場合があります。

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